売り言葉にラブを

コピーライターなんですが、言葉と女心について語りつつ、本やマンガやアニメのことも

富士日記が好きすぎて

ブログを始めてそろそろ2カ月。

こうやって書いていると、日記文学の素晴らしさにあらためて思いを馳せてしまう。特に事件なんかない、何気ない日常を淡々と書いているだけなのに、なんであんなにも面白いのだろう。

私の魂の師匠3武田百合子さんの富士日記は最高。

(ちなみに、師匠1は幸田文さん)

makotagu.hatenablog.com

(師匠2は森茉莉さん) 

makotagu.hatenablog.com

富士日記は何回読んでも本当に面白くて、大好き。夫の小説家、武田泰淳さんと富士にある別荘で過ごす日々を綴っているだけ。ほとんど何も起こらない。でも、目のつけどころや描写が深くて、読み始めると止まらない。

ある8月3日、別荘の管理所で見かけた家族連れの様子が、こんな風に書かれる。

“奥さんはアイスクリーム、ジュース、キャラメルなどを買うのに、いちいち「パパァ、これ召し上がるう?」と肉感的な声を張り上げて聞いているが、夫の方ははかばかしい返事もせずに、烈しい陽盛りの表をぼんやりと眺めている。萩、咲き始める”

お酒を飲みすぎた翌朝は、

“起き上がって着替えに頭を動かした途端、やっぱり二日酔いは天井から黒い子猿が飛びかかるようにやってきた!!”

わかるう、この二日酔いのいきなりの気持ち悪さ。

テレビの感想も独特。多分、当時の大河ドラマ源義経を見ていたのかな。

“今日などはとても可哀そうであった。静御前は可哀そうでない。のろのろしていて、何一つ戦わないし、重いものも持たない。バカのようである。〜中略〜義経はきれいで、弁慶や家来はみんなホモのように義経が好きなのだ”

飼い犬のポコが死んだ日のことを読むと、私は何度でも泣いてしまう。

“トランクを開けて犬をみたとき、私の頭の上の空が真っ青で。私はずっと忘れないだろうなあ。犬が死んでいるのを見つけたとき、空が真っ青で。”

また、ある日。車を運転するのは百合子さんの仕事なのだが、カーブの多い山道を走っていると自衛隊のトラックとぶつかりそうになった。車線をはみ出していた自衛隊のトラックに向かって百合子さんは「何やってんだいバカやろう」と怒鳴る。すると夫の泰淳さんが「男に向かってバカとは何だ」と怒る。そこで、ケンカになるのだが、いつもは、そんなに夫に逆らったりしないのに、味方であるべき夫が自衛隊の味方になって自分の敵になることが百合子さんは許せない。怒った百合子さんは、夫を助手席に乗せたままビュンビュンとスピードを出して走る。その時の書きぶりが最高。

“車に衝突したって、かまうか。事故を起こして警察に捕まってやらあ。この人と死んでやるんだ。諸行無常なんだからな。万物流転なんだからな。平気だろ。何だってかんだって平気だろ。人間は平等なんだって?ウソつき。”

と荒れ狂う。そうこうするうちにガソリンスタンドに入り、知り合いのスタンドのおじさんに言いつけたりしてだんだん機嫌が直る。そして、もらった松茸で松茸ご飯を炊き、おいしくて4膳食べ、夫の泰淳さんはそれを見て「牛魔大王、松茸飯を喰って嵐おさまる」とふきだすのだ。いいなあ。

昭和39年から書き始められた日記は、昭和51年泰淳さんが亡くなって終わる。百合子さんはものを書くのがイヤだったそうだが、山小屋を建てた時に、泰淳さんに日記をつけてみろと言われて始めたそうだ。ものを書くのがイヤな人の文章がこんなに面白いなんて。その時泰淳さんはこう言ったそう。

“日記の中で述懐や反省はしなくていい。反省の似合わない女なんだから。反省するときはずるいこと考えているんだからな“

あれ、好きすぎて、いっぱい場面を書き写してしまった。もともと、何を書こうと思ってたんだっけ。ま、いいか。今日はこんな感じです。